2018.02.12

人の目が優秀すぎて苦手なこと

「今度、事務所に植物を置きたいんやけど、見に来てくれへん?」

到着すると、案内されたのは4Fのエレベーターホール。このフロアには3つほどの会社が入っており、声をかけてくれた会社はその中の一つだ。

「ここ、事務所の入り口の。このドアの横に植物が欲しいねん」
「・・・この場所は太陽光が入ってこないから相当きびしいですよ」
「でも、ほら。ちょうど真上にダウンライトあるし、ぜんぜん明るいよ」

 

上のような事例は極端ですが、それでも似たようなケース、光の量が制限される環境に植物を求められるケースはよくあります。そのような環境(例えば、建築の吹き抜け空間や、高い塀に囲まれた北向きの庭など)では、その環境の光の量を判断し、そこに見合った植物を選ばなければいけません。

光の量を判断するとき、僕たちはついつい自分の目に頼ってしまいがちです。ですが、そんな時は注意してください。人間の目は光の強さを判断することがものすごく苦手でほとんどあてになりません。

 

○優秀な人の目がとても苦手なこと

言うまでもないことですが、人の目はとても優秀で複雑な機能を備えています。ピント調整はもちろん、光の強さに対する調整も、本人が無自覚のうちに自動で、連続的におこなってくれています。普段の生活では、意識して瞳孔を開いたり、閉じたりする必要がないのです。
人が自分の目で光の強さを定量的にとらえようとするとき、この人の目に備わった優秀なシステムが、かえってあだとなってしまいます。すべてが無意識・無自覚で行われているため、光の強さを意識的に判断できないのです。

光を取り扱うプロであるカメラマンでさえも、カメラを構える前に被写体にそそぐ光の強さを、計測器で計測します(最近は、カメラに備わった測光機能で十分なのでしょうか、どうなのかな?)。もちろん、熟練したカメラマンなら計測器なしでも光の強さを判断できるのでしょうが、それは目の能力の修練によるものではなく、撮影経験の蓄積によるものだと考えられます。

 

○見た目の明るさを疑って

植物は太陽の光を浴びて育ちます。直射日光が当たるような場所であれば、光量不足について悩む必要はまずありません。ただし、暮らしの中に植物を持ち込むとき、光の量はいつも難しい問題となります。

明るいところに置いているつもりなのに、植物に元気がない...そんな時は一度、自分の目、見た目の明るさを疑ってみてください。